「100ミリシーベルト未満のリスクは不明」 リスク評価の責任放棄した食品安全委員会

2011年8月11日にmynewsjapanに書いた記事です。

 放射性物質の健康影響評価を検討していた食品安全委員会が7月26日、「健康影響が見出されるのは生涯被ばく100ミリシーベルト以上」という評価書案をまとめた。だがWHOなど国際機関では、放射性物質のリスクは「これ以下なら影響が出ないという安全値は無い」とされる。今回の評価書案は、蓄積被ばく量100ミリシーベルトを超えない限り健康影響は見出せないとすることで、将来の補償問題において100ミリ未満の被害者を切捨てようという政府・東京電力側の意向に沿ったものと言え、外部被ばくとの合算や子供と大人の区別もつけないなど、明らかに被害者に不利なものとなっている。全9回のワーキンググループの会議すべてを傍聴した筆者が、問題だらけの議論の実態を報告する。

Digest

  • 「生涯被ばくで100ミリシーベルト」のあいまいさ
  • 被ばく基準の省庁縦割りの打破を期待したが…
  • 100ミリシーベルト未満のリスクは切り捨て
  • 「リスク評価になっていない、資料集レベルだ」リスク評価専門家
  • 「採用した論文の評価が恣意的だ」疫学研究者
  • 子どもの影響も明言を避ける
  • なぜ腰砕けの評価になってしまったのか?

「生涯被ばくで100ミリシーベルト」のあいまいさ

「福島では、外部被ばくで生涯で100ミリシーベルトを超えるだろう。さらに今回食品からさらに100ミリシーベルトまで許容すると200ミリシーベルトになってしまう。是非見直してほしい」

「生涯100ミリシーベルトを上限にしてもらえば、年間1.25ミリシーベルトになり、現在の食品基準は少なくとも1/5になると期待している」

 8月2日に行われた説明会では、今回の評価書案に対して 「食品の暫定基準がきびしくなる」と期待して賛同する意見と、「逆に基準は甘くなる」と批判的な意見が出された。

7月26日に決定された評価案は「健康影響が見出されるのは、生涯における蓄積の量で100ミリシーベルト以上。自然放射線や医療被ばくなどは除く」というものだ。

これで食品の暫定基準は緩和されるのか、厳しくなるのか?実際にはどちらにもなりうる可能性を持っている。

平均寿命を80年と考えると、1年間当たりの量に換算して1.25ミリシーベルトになる。現在のセシウムの暫定基準値は、3月22日に厚生労働省が決めた年間5ミリシーベルトとなっているため、単純に考えると1/4になる。ほかの核種からの被ばく分や、外部被ばくの分などを差し引くと、もっと厳しくなるはずだ。

また、食品からの被ばく許容量も地域によって違ってくる可能性もある。福島と東京では外部被ばくの量に違いがある。福島の人たちの食品は、より厳しい基準を適用すべきという考えにも適用できる。

しかしその一方で、現在が緊急時だとして事故の1年目には多少の被ばくをしても総量100ミリシーベルトにならなければ影響が出ない、と判断されてしまうなら、期限を決めて緊急時の暫定規制値をもっと甘くすることも可能だ。

本来ならば、トータルの被ばく量上限が1生涯100ミリシーベルトで、その内食品からの被ばく量はここまで、といった形で振り分けがなされるべきだ。しかし実際の評価書では、振り分けるかについてさえ全く示されておらず、なんとも中途半端な評価案になっているのだ。

被ばく基準の省庁縦割りの打破を期待したが…

今回の9回にわたって行われたワーキンググループの会議を、筆者は全部傍聴した。最初はもっとまともな評価がされるのではと期待していたからだ。というのも今年3月にまとめられた食品の暫定規制値についての評価が、あまりにもむごすぎた。

暫定規制値自体は、原子力安全委員会の防災指針に基づくもので、その根拠は国際放射線防護委員会(ICRP)の緊急時の管理基準によるものだ。

たとえばセシウムについては年間5ミリシーベルトまで許容するとなっているが、なぜ5ミリシーベルトなのかの根拠がどこにも書いていないのだ。そのほかのヨウ素やウランやプルトニウムなど基準値を足し合わせていくと、年間17ミリシーベルトの被ばく量になってしまう。平時の一般人の基準が年間1ミリシーベルトなので、その17倍も食品だけからの内部被ばくで許容することになってしまう。

今回のワーキンググループ第3回目の中で、座長の山添康東・北大学大学院薬学研究科教授が「これまでICPRの管理基準という、根拠が不明な数値だけが先行していましたが、今回はできるだけその根拠となる研究にまでさかのぼってリスク評価を行います」と言われたときには、そのとおりだな、とうなずいた。

また専門委員の東京大学大学院医学系研究科・遠山千春教授からは「食品由来の内部被ばくだけを評価するというのは不可能に近いので、とりあえずは外部被ばくも含めたトータルの線量で健康影響が出ないと思われる最大の線量を決める。その後一定の割合を食品由来に振り分けるようにすべきだ」という意見も出されたが、それも素直に同意できた。

福島第一原発事故以降、国が定める被ばく基準は、省庁毎の縦割りになっている。厚生労働省は食品からの被ばく線量だけ、文部科学省は学校敷地内での外部線量だけ、環境省は海水浴場の被ばく線量、などと、それぞれの基準がばらばらに作られている。

その結果、基準が増えるほど全体の被ばく許容量が上がっていく、という奇妙なことになっている。まずは全体の許容値を決めて、その範囲内でそれぞれの被ばく量に振り分けるというのが、本来のあるべき姿だ。

少なくとも当初、食品安全委員会はそうした課題にチャレンジしようとしていた姿勢がうかがえた。

しかし結果は、見事期待はずれに終わってしまったわけだ。

100ミリシーベルト未満のリスクは切り捨て

さらに問題なのは、生涯被ばく量100ミリシーベルトという値は、それ以下ならば安全という値ではない、ということだ。この点について山添座長は以下のように説明している。

「今回の生涯100ミリシーベルトいう値は、この数字内である限り、現時点での科学的な知見に基づくと明瞭なリスクの増加は検出されないであろうという目安です。放射線の影響のもっとも鋭敏な影響は、将来でのガンの発生です。しかし自然放射線や生活習慣やたばこなどでもがんの原因となるDNAの損傷は起こります。ある確率でそれがガンに至るわけです。ほかの要因と区別して、事故による放射線被ばくが原因かどうか検出できるのは被ばく量が100ミリシーベルト以上になった時だよ、という意味だと理解してください」

微妙な言い回しだが、その意味するところは、将来がんになった場合、今回の福島原発からの放射線が原因だと科学的に証明できる被ばく量は100ミリシーベルト以上で、それ以下の被ばく量では、自然放射線やタバコなどの他の要因と区別できない、ということを主張している。

しかし、他の要因と区別できないということと、影響が無いということは同じではない。

実はワーキンググループの会議の中でも、何人かの専門委員は幾度もそうした議論をおこなっている。第8回の会議では専門委員の東京大学新領域創成科学研究科の吉永淳准教授は、

「ヒトを対象にした疫学研究で、あるレベル以下では有意差がでなかったとしても、それ以下では安全であると受け取られるのは好ましくない。もともと放射線の発がん影響は、閾値がないものだと考えられている。安全かどうかではなく、どれだけのリスクまで許容するのか、という判断にならざるを得ない

という意見を述べている。

また、最後の9回目の会議でも遠山委員が、欠席にもかかわらずコメントを提出しており、会議でも事務局が代読している。

 「現在の評価書案の記載では100mミリシーベルト未満で閾値があるように解釈できる内容になっている。WHOをはじめ多くのリスク評価機関では、これまで発がん物質の評価については『閾値なし直線モデル』を採用してきた。この根底にあるのは、影響があるとも無いともいえない場合は健康を守るという観点から安全側に立って評価する、という考えだ。食品安全委員会の立ち位置が問われる問題である。リスク評価に際して閾値なし直線モデルを採用するのか、閾値ありモデルを採用するのか判断をせざるを得ないのではないか。私自身は現時点では閾値なしモデルに基づいて判断すべきだと思う。そこで100ミリシーベルトでのリスクの値を示すべきだろう。また感受性の高い小児のリスクは大人とは分けて考えるべき」

しかし山添座長は「リスク管理機関においては閾値なし直線仮説に基づいて評価をするというのは安全側からの考え方として適用が可能かと思いますが、ここでリスクを評価するという時には、後で検証できる具体的データに基づいた数値を確定するがまず第一だ」

と退けている。

その結果、今回の評価書案の内容は、いろんな文献を調べて発がん性が増えると明らかに立証できる被ばく量の値を見つけた、というだけだ。本来ならばそこから、より低い量での影響は無いのかを推定して、これ以下なら安全といえるだろうという値を設定するというのがこれまでのリスク評価のやり方だ。

しかし今回、明らかに立証できる値以下での影響は評価できない、と切り捨てている。

山添座長は、これは食品安全委員会の仕事ではなく、リスク管理機関である厚生労働省の仕事だ、と主張しているのだ。これって食品安全委員会の責任放棄ではないのか。

過去に食品安全委員会の専門委員を務めた経験もある国立医薬品食品衛生研究所毒性部の菅野純部長に、外部の専門家として、今回の食品安全委員会による評価書案の問題点を解説してもらった。

「リスク評価になっていない、資料集レベルだ」リスク評価専門家

--今回の評価結果を見てどのように思われますか?

「今回の評価書を読みましたが、残念ながら『リスク評価』としては不完全といえざるを得ません。

--どういうことでしょう

「リスク評価というのは、『有害性確認』の次に『有害性特性』を得て、『暴露評価』とともに『リスク特定』を行うという手順を踏みます。わかりやすく言うと先ず『危ないのかどうか』を確認して、『どんなことが体の中で起きているか』を考え、実際に『どれくらい暴露しているか』を調べた上で、『どれくらい危ないか』を判定するということです。

この過程で科学的データの収集、解析、評価を行うのですが、科学的データが完璧に揃うことはまずありません。そこで、データの不足や不備を補うために常に仮説を設定してリスクの判断を行っているわけです。

今回の放射性物質の評価書案は、データ不足の部分は評価しないと切り捨てているわけです。データをよく集められているので、資料集としては役に立つかもしれませんけれども。

通常のリスク評価の方法では、具体的には、動物実験なりヒトでの疫学調査ではっきりと影響が見られる値から、より低い暴露量での影響を推定して、これ以下ならば 安全と考えられる量を設定します。

たとえば食品添加物や農薬の現在の評価では、遺伝毒性が無い場合、動物実験で影響が見られない最大量を求めて、それに安全係数率といって 1/100をかけてヒトでの許容摂取量を設定します。

この1/100で十分かという点についても厳密に言うと仮説です。実験動物とヒトの感受性の違いやヒトでの感受性の個人差は、合わせて100倍を超えないという仮説などです。

実際のデータで立証することは出来ませんが、毒性学的に見て国民の安全を考えた場合に妥当であると判断できるというものです」

--農薬や食品添加物ではこれ以下なら安全という量が設定できるということですね。でもたしか放射性物質のような遺伝毒性による発がん物質の場合、これ以下なら影響が出ないという閾値がないので許容摂取量は決められないと言われていますよね

「はいそうです。でも実はこれも仮説なのですが、幾つかの国際的な納得が得られている理由から遺伝毒性発がん物質の場合は閾値がないと考えることがリスク評価には適切である、と結論しています。

その結果、先に説明したような閾値を基にしている安全量を設定できません。そこで、わが国では長らく、遺伝毒性発がん物質は『食品中に含まれてはいけない』という規制を行ってきました。これを『ゼロリスク』と呼んでいます。少しでも含まれている食品は流通してはいけないという規制です。

しかし、現在は技術が進歩してごく微量まで測定できるようになったことから、『含まれていないもの』が無くなってしまっています。その為、『ゼロリスク』は建前として残し、旧式の機械の測定限界値を基準にするなど、いろいろな方策で実際の規制をしています。しかし『ゼロリスク』には無理があることから、我々を含め多くの科学者は『ゼロリスク』規制を廃止すべきであると考えています」

--現状では原発事故による放射性物質の被ばく量をゼロにするということはできませんものね。安全な量が設定できないとしたら、どのように安全性を評価できるのでしょうか?

「国際的には、検体(汚染物質など調べたいもの)を生涯与え続けた実験動物の発癌率と検体の量との関係を、閾値の無い数学モデル、これは縦軸に発がん率などの影響を、横軸に検体量をとって線グラフを書いたときにグラフが原点(0,0)を通るものですが、これに当てはめて、生涯暴露され続けた場合に100万人(匹)に1人(匹)(10-6)、或いは10万人(匹)に1人(匹)(10-5)ががんを発症する推定値を求めて、これを「実質的安全量(virtually safe dose:VSD)」として基準値に採用することが行われています。実は、わが国での「いろいろな方策で」の規制を決定する際にも、背後では閾値の無い数学モデルを当てはめてVSDを計算しています」

--影響がでない安全量の代わりに、10万人に1人程度がガンになる量を推定して、そのレベルまでなら許容して実質的に安全とみなしましょうということですね。ところで食品安全委員会の評価書案の付録としてついているQ&Aでは、「100~200ミリシーベルト以下の低線量による健康影響が現代科学では十分に解明されていないこともあり、国際機関において評価したものが見当たらないのが現状です」なんて書いてありますが、本当に外国でも100ミリシーベルト以下のリスクは評価されていないんでしょうか?

「それはリスク評価からみると、誤認ですね。アメリカ科学アカデミーのBEIRⅦ報告書などでは、所謂LNT(linear non-threshould model)という、線形閾値なしモデルが現在最も適切であると宣言した上で、即ち、データ不足を仮説できちんと補って、それを暴露0まで適用しています。確か、ANNEX(付録)では医療放射線の低用量域でのリスクなどは論議しているわけですから、少なくとも100ミリシーベルト以下のリスクも評価できるようになっています。

それに対して今回の食品安全委員会の「評価書」は巧みにLNTに言及しない様に書かれているのですが、そこから描き出される用量作用関係は、100ミリシーベルト以下及び100ミリシーベルト以上についてはグラフの線が消えていて、100ミリシーベルトのところの一点しかない、というものです。ですから、構造的に100ミリシーベルト以下のリスクは判断できない様にしている。」

--確かに評価書案の結果は「100ミリシーベルト以上で有害影響が見出される」というだけで、具体的な100ミリシーベルト以上での発がんリスクの大きさや、逆に100ミリシーベルト未満でのリスクの大きさについては言及されていませんね。だとすると今回の食品安全委員会の評価案は、リスク評価を放棄したということでしょうか?

「少なくとも100ミリーベルト以下のリスクについて、科学データの不足を補うための仮説を拒否している段階で、従来のリスク評価からは大きく逸脱していると言えますね」

つまり、今回の食品安全委員会の評価書案は、従来の食品安全委員会のやり方とも齟齬をきたしているということになる。

「採用した論文の評価が恣意的だ」疫学研究者

また今回の評価書案では最終ページの部分に付録として「低線量におけるヒトへの影響に関する知見の検討結果」として評価に使用した疫学論文のリストの一覧がつけられている。それを見るとそれぞれの論文にAとかBとかのランクがつけられている。

この点について疫学研究の専門家である津田敏秀岡山大学医学部教授は、

「広島・長崎の疫学調査だけでなく、今回の福島原発事故の影響を推定するのに適した、100ミリシーベルト以下の被ばく量でも健康影響が出ているという研究論文はいろいろあります。食品安全委員会の今回の評価では、それらの論文が選定されていなかったり、また選定されていても勝手にランク付けをして評価の対象から外されているようです。しかし外された論文の方が、実は著名なジャーナルに掲載されていて信頼性の高いものが多い。

 たとえばチェルノブイリ後の、ウクライナでの小児甲状腺がんの発生に関するリスク評価の最新論文(リストの42番)もB評価にされている。内容に問題があるのなら、掲載されたEHP誌編集長(環境疫学ではトップ誌の1つ)にワーキンググループとしてコメントを投稿するべきだ。個々の論文をランク付けした根拠を示していないので恣意的に都合のよいデータばかり選んだと言われても仕方がないでしょう」と指摘する。

確かに、他にも2005年に発表された15カ国の原子力産業者の発がん調査をまとめて解析した、国際ガン研究機関(IARC)のエリザベス・カルディス氏たちの研究では、40万人を対象にしていて、平均被ばく量は19.4ミリシーベルトであるが、被爆によるガン死のリスクの上昇が示されている。

しかしこうした100ミリシーベルト以下のレベルでもガンが増えているといった研究はリストの中には入っていない。

子どもの影響も明言を避ける

子どもが影響を受けやすいという点については、ワーキンググループの中でも議論になっており、第6回会議では遠山委員が「基準値の設定に当たっては、妊産婦、小児、成人と3段段くらいに分け方がよいと思う」という意見を出している。

しかし最終的には「小児に関しては、より放射線の影響を受けやすい可能性がある」と指摘するだけになった。これでは具体的な基準値設定のための情報としては明らかに不足している。

大人と比べての子どもが何倍くらい影響を受けやすいのかという点について、本当に情報はないのだろうか?

小出裕章氏の4月29日の講演の中で、子どもの感受性についてグラフが紹介されており、平均値(30歳程度での被ばくした場合のリスク)に対して、0~1歳の子どもは4倍程度ガンになるリスクが高いということが示されている。

この4倍程度高いという推定値は、アメリカ科学アカデミーの報告書の中でも指摘されている。報告書付録の部分で、被ばく時の年齢別での発がんリスクの表が掲載されており、30歳での被ばくに比べて、0~1歳時の被ばくは4倍程度高くなっている。

そうしたリスクの推定データについても、今回の食品安全委員会は「仮説から得られた結果の適応慎重にあるべき」という態度で、切り捨てている。

なぜ腰砕けの評価になってしまったのか?

当初の勢いに比べて、なぜ結果的にこんな腰砕けの評価になってしまったのか?

この点について先の菅野純氏はこのように推測する。

「食品安全委員会小泉委員長の談話やQ&Aの応対文などを読むと、具体的なリスクを示そうとしない様子が、更にはっきりします。特に、100ミリシーベルト以下の人については、まさに対象外ですからね。

すべからく評価する為には生涯の蓄積線量100ミリシーベルトを基準とするにしても、その蓄積線量で100人に1人程度ががんになるというリスク(アメリカ科学アカデミーのBEIR VIIの試算など)があることを採用するなりして、生涯蓄積線量の増減とリスク増減の関係を明示する必要があると考えます。

先に述べたように、リスク評価は、仮説を設定してデータの不足を補償し結論を誘導するものなのですから、すべてのデータが揃わなくても、です。

そして、本来ならば、次の段階としてリスク管理をする人(今回の場合は食品の残留規制値を設定する厚生労働省)は、20、50、100、200などのミリシーベルトの持つリスクと、これを許すことによるベネフィットとの釣り合いを検討して、「そこまで許容せざるを得ない」と結論するのであれば、なぜ、そう判断したかを十分に国民に説明したうえで決定することになります。全員に一律の値を適用する必要もないかもしれません。

そうしたリスク・ベネフィットの検討をこの段階で国民に明示したくない理由があるとすると、それは、補償の問題等かもしれません。

しかし、その反面、福島の被曝者全員の健康状態の長期追跡調査は行われる様ですし、当然、行わなければならないわけです。その際には生涯蓄積線量100ミリシーベルト以下の人々を切り捨てるわけはないのです。

大局的に、一番多くの国民がそれぞれの立場でハッピーになれるための一貫した論理体系のもとでの施策をめぐらしてもらいたいと切望するものです」という。

8月3日には、原子力損害賠償支援機構法が参院で可決され成立した。その結果賠償責任は一義的には東電にあるものの、政府は公的資金で支援を行う。また原子力を推進してきた国の責任も明示され、今後国も責任を負う可能性が出てきている。

賠償額を天秤にかけて、被害を低く見積もるということがあってはならない。今回の評価書案は、将来の発がんリスクについて、それ以下では被害の証明が不可能な最大値を基準にしようとしている邪推されてもおかしくない。

何より現状の汚染レベルでのリスクを正しく伝えて国民合意の上で規制や補償に当たるべきだ。そのためには評価書案は、多くの人たちが実際に被ばくしている100ミリシーベルト未満のリスクについてもきちんと評価できるように訂正すべきだ。

今回の評価書案についてのパブクリックコメントの締め切りは8月27日。通常は形式的な段取りだけで、何の訂正も無く答申としてまとめられていくが、今回は様々な厳しい意見が寄せられる様子で、内容の見直しがなされる可能性は残っている。

「食品中に含まれる放射性物質の食品健康影響評価(案)」はこちら

「食品中に含まれる放射性物質の食品健康影響評価(案)」の概要はこちら

「放射性物質を含む食品による健康影響に関するQ&A」はこちら

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