アメリカ食品医薬品局(FDA)は2022年7月6日、中国産の缶詰のアサリから健康影響が懸念されるパーフルオロオクタン酸(PFOA)が検出されたと報告しました。FDAは「中国産アサリ缶を定期的に食べたり、子どもに食べさせたりしている人は、詳細が判明するまで摂取量を控えた方良い」と注意勧告までしています。
今回のFDAの調査はバイデン政権が進める有機フッ素化合物(PFAS)対策の一環で、食品の中でもPFAS汚染の可能性が高い魚介類をターゲットにした特別調査です。アメリカで消費量の多い魚介類であるアサリ、タラ、カニ、スケトウダラ、サケ、エビ、マグロ、ティラピアなど81サンプルを対象にPFOAを含む20種類の有機フッ素化合物(PFAS)を分析しました。
アサリ以外の魚介類のPFASの濃度は比較的低く、最高値を示したビンチョウマグロの水煮缶でも、PFASの一種であるパーフルオロウンデカン酸(PFUdA)で1kgあたり888ナノグラム(10億分の1グラム)でした。その一方でアサリからは、10サンプルのすべてから1kgあたり2897~20133ナノグラム(ng/kg )と、1桁から2桁も高い濃度で検出されました。いずれのアサリも中国産の缶詰でした。
PFASとは、国際的に規制が進行中の残留性有機汚染物質(POPs)の一種で、環境中ではほぼ分解せず残留し続けます。人間を含めた生物の体内に入ってもなかなか排出されず長期間にわたって体内を汚染し続けます。そうした性質から別名「永遠の化学物質」と呼ばれています。また他のPOPsと違って水に溶けやすい性質を持っているため、河川や海に汚染が起きやすく、魚介類で濃縮されることが懸念されています。FDAのような食品の規制当局が調査を行ない、健康上の懸念を表明したのは初めてのことです。
高濃度2社の缶詰が自主回収
FDAの分析結果を受け、最もPFOA濃度が高かった上位2商品については、メーカーが自主回収を表明しました。
今回の汚染は中国産の缶詰に限定したものなのか? FDAは今後、中国産以外の生鮮アサリなども対象に、広範な検査を実施する予定だと言います。
では、今回PFOAが検出されたアサリはどの程度の健康リスクがあるのでしょうか?FDAは「1カ月に約10オンス(oz)(283.5g)以上食べる消費者(ただし、子どもは1カ月に2オンス(56.7g)まで)に健康上の懸念がある可能性がある」と発表しています。しかし肝心の有害な影響が出てくるPFOAの摂取量(耐容摂取量)について明確に示していません。
実は2016年から2022年の間に、欧州連合やアメリカの規制当局は1日の耐容摂取量の基準が劇的に減少してきています。
PFOAを始めとするPFASについて、新たな毒性がより微量な摂取量でも見つかってきてからです。2016年のアメリカ環境保護庁(EPA)が定めた基準値が1日体重1kgあたり20ナノグラムで、これは現在の日本の水道水の基準値の根拠としても使われています。
一方アメリカ健康福祉省下の有害物質・疾病登録庁(ATSDR)は2020年に、3ナノグラムと従来の6分の1以下に下げました。また欧州連合(EU)では食品安全研究機関(EFSA)が2度の見直しを行い、最新の2020年の評価では0.63ナノグラム(PFOA,PFOS、PFNA,PFHxSの合計)と30分の1以下に下げました。
そして2022年6月にはアメリカEPAが水道水での生涯摂取基準値を大幅にされる見直しを発表しましたが、そこでのPFOAの耐容一日摂取量は0.0015ナノグラムと、2016年の値の13000分の1以下でした。
今回FDAの評価では、その中のどの基準値を元に計算しているのかが明示されていませんが、大体の目安としては2020年のアメリカATSDRの3ナノグラム当たりの値ではないかと推定されます。
それで一か月に283.5gとは、アサリむき身1個3gとすると100粒ほど、1日当たりの目安は3粒ということになります。子どもの場合は一か月にアサリむき身10粒以上で健康影響が懸念されるという計算になります。
もし最新のEPAの耐容一日摂取量0.0015ナノグラムを適用すると、もはやアサリは全く食べることができなくなってしまうかもしれません。
日本で販売されている中国産アサリは?
日本で販売されているあさりは大丈夫なのでしょうか?日本のアサリの89%が輸入、その内約7割が中国産で、次いで韓国産です。この間、熊本県産アサリが実は中国や韓国からの輸入であり長年にわたり産地偽装していたことが判明し、一大スキャンダルになりました。その時は中国産のアサリが特別有害という情報はなかったわけですが、ここにきて中国産アサリの安全性について疑問が出てきてしまいました。
中国から日本に輸出されるアサリの多くは、中国北部山東省から河北省、天津市、遼寧省に囲まれた渤海、さらにその外側の黄海沿岸の浅瀬で養殖されています。
渤海沿岸の貝類のPFAS汚染を調べた中国水産科学研究院の2019年の研究論文では、230サンプルの98.3%からPFOAが検出されてました。最大の値だったのがアサリで、アサリのむき身1kgあたり62,500ナノグラムと、先述のアメリカでの最高値の3倍以上の値でした。PFOA濃度が高いのはアサリ>ムール貝>ホタテ>ツブ貝>カキの順でした。
PFOA汚染高かったのは山東省と河北省の沿岸で、渤海に流れ込む河川の上流での工業地帯でのPFOAの排水が原因であろうと推定しています。山東省は中国最大のPFAS工場が集まっており、世界の大手8社が2006年PFOA生産の削減を発表した後も、PFOA生産を増やしています。
日本に輸入されるアサリでPFOAの濃度が調べられた事例は、筆者が知る限り見たことがありません。中国国内の研究で検出された濃度は、今回のFDAで検出された濃度と同レベルだと推定されます。そうなると日本に輸入されるアサリでも高濃度に出ている可能性は大きいと言えるでしょう。
日本でも中国産アサリについて広範なPFOA汚染の調査が必要です。より詳しい情報が出てくるまでは、特に妊娠中の女性やお子さんは、中国産アサリは控えた方が良いかもしれません。
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