欧米でのPFAS基準はなぜ厳しくなったのか?

有機フッ素化合物(PFAS)
 (解説)PFASの基準について、欧州連合(EU)では2020年、アメリカでは今年2022年に大幅に引き下げられました。それらの基準引き下げの科学的根拠とされたのが、PFASばく露で子どもたちの予防接種でのワクチン生成量が低下するという疫学研究です。2022年8月3日にダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議主催の国際市民セミナー「欧州の最新研究で分かった脳、免疫、生殖への悪影響」で講師のデンマーク教授のティナ・コル・イエンセン博士が語られました。週刊金曜日2022年9月16日号の記事をアップデートしました。

「私たちの子どもの免疫への影響の研究の成果として、EUの食品安全機関(EFSA)やアメリカの環境保護庁(EPA)も 有機フッ素化合物(PFAS)の安全摂取基準を劇的に下げました」

2022年8月3日にダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議が主催した国際セミナーで、南デンマーク大学のティナ・コル・イェンセン教授がそのように語りました。

イェンセン教授は、医師兼環境疫学者で、内分泌かく乱化学物質の胎児へのばく露による様々な健康影響について、デンマークの母と子2551組の追跡調査で明らかにしてきています。その成果は、日本でもNHKBS放送で2021年11月28日に放送された海外ドキュメンタリー「それでもプラスチックは必要ですか? 『人体むしばむプラスチック』」で紹介されました。

今回セミナーは、デンマークをはじめとした欧州での最新の研究成果に基づく内分泌かく乱化学物資(通称環境ホルモン)の悪影響についてでしたが、その中で体内での蓄積性の高い化学物質の例として有機フッ素化合物(PFAS)の例が示されたのです。

PFAS基準が劇的に下がった理由とは

2022年6月にアメリカで、PFASの安全摂取基準が劇的に下げられました。2016年段階でPFOAとPFOSのそれぞれ、1日体重1kgあたり20ナノグラムであった基準が、2022年にPFOAでは0.0015ナノグラム、PFOSでは0.0079ナノグラムとなり、一気に2000分の1以下に下げらたことになります。

同様の動きは欧州でも起きていて、2020年に欧州食品安全機関(EFSA)が、PFOS,PFOAに加え、それらの代替物として使用されてきているPFNA(パーフルオロノナン酸)、PFHxS(パーフルオロヘキサンスルホン酸)の4種類の合計値として0.63ナノグラムに下げました。4種合計なので単純には比較できないが、2016年のアメリカの基準の30分の1以以下です

こうした基準の見直しは、従来の基準値よりも低い値でも有害影響が起こることが分かってきたことによります。そしてまさに今回の欧米の基準の見直しの根拠となったのは、PFASの体内濃度が高い子どもたちの間で、感染症に罹るリスクが上がり、感染症予防のためのワクチンの効果が下がるというイェンセン博士たちの研究が根拠にされていることが、研究者自身から報告されたというわけです。

セミナーで報告されたイェンセン博士の研究は、デンマークの母と子ども2551組を妊娠中から子どもが12歳になるまで追跡する疫学研究の一環です。2014年から1年間子どもに感染症が起きていないか聞き取り調査が実施されました。その結果子どもたちを血中PFAS濃度で3つのグループに分けて比較したところ、最も低いグループの子どもたちに比べて最も高いグループで、感染症にかかり38℃以上の発熱を起こした日数が2.5倍以上増えていることがわかりました。

また重症となり入院した件数も1.25倍上昇していることが判明。動物実験ではなく、実際のヒトの子どもたちの血液中にあるPFASによって有害影響が起きていることが判明したわけです。

PFASでワクチンの効果が半減する

また、欧米での基準値の見直しの決定的な根拠となったのが、ワクチンの効果の低減でした。イェンセン博士と同じ南デンマーク大学のフィリップ・グランジャン博士たちの研究で、北欧の沖にあるフェロー諸島の母子656組を追跡調査した研究の一環です。その中で子どもへの体表的な予防接種であるジフテリアと破傷風のワクチンによって生成される抗体の量を調べたもの。

 その結果子どもが5歳段階での血中のPFAS濃度が2倍になると、ジフテリアと破傷風の抗体量は49%減少しました。また抗体の量が感染予防に必要な量を下回るリスクが2.38倍~4.20倍高くなっったのです

 つまり体内のPFAS濃度が高い子どもたちは、せっかくワクチンを受けても生成される抗体の量は半分しかできず、感染症に罹りやすくなるリスクが2~4倍高くなるということです。

 新型コロナワクチンへの効果についても同様の低減効果があるかは、現段階では不明です。現在アメリカの2つの研究団体が疫学調査を実施中という段階です

 アメリカ環境保護庁(EPA)も、欧州食品安全局(EFSA)も、この子どもへのワクチン効果の減少を重要視し今回の安全摂取基準の見直しを実施したのです。

グランジャン博士たちの研究データを基に、ワクチンによるジフテリアと破傷風の抗体生成の減少を起こさないであろう体内の血液中の濃度を計算し(PFOAで血清1mL当たり0.17ナノグラム、PFOSで、0.54ナノグラム)、その血中濃度に対応する1日当たりの摂取量に換算し、個人間の感受性の違いを考慮して安全係数として10倍厳しくして、上記の厳しい基準値が設定されたとのでした。

ちなみに、血中濃度のこの値はとても低いです。2020年に東京多摩地域の水道水汚染地域の住民の血液検査を実施した結果、住民の平均濃度はPFOSで14ナノグラムと基準値の26倍、PFOAで5ナノグラムと29倍でした。

問題は汚染地域ではない対照グループ4名でも、PFOSで2.7~12ナノグラム、PFOAで2.2~5.4ナノグラム検出されています。特定の汚染を受けていない一般日本人でも基準を超えていることになります。つまり免疫の悪影響を受けている可能性が高いことになるのです。

ティナ・コル・イェンセン博士の講演はこちら

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