(解説)分かってそうで分かりにくい有害化学物質問題。有機フッ素化合物(PFAS)の問題について様々な記事を書いていますが、そもそもPFASって何だろうという一般読者向けにQ&Aの形式にまとめた解説記事です。週刊金曜日2022年2月10日の掲載記事をベースに、ページ数の都合で削除した部分を戻し、また最近の動向を含めてアップデートしました。
有機フッ素とは何か?
Q「有機フッ素化合物(PFAS)」ってなんかむずかしそうな名前ですが、何ですか?
A)有機フッ素化合物(PFAS)とは炭素とフッ素の化合物の総称です。
炭素とフッ素の化学結合は地球上でもっとも強固な結合であるため、熱や薬品、紫外線などの刺激を受けても反応せず安定しています。環境中で分解せずとどまり続ける性質から「永遠の化学物質」とも呼ばれています。また界面活性作用が強く水だけでなく油も弾くことができるため、半導体などの工業用途や家庭の焦げ付かないフライパン加工などに幅広く使用されています。
しかし工業的には便利でも、地球環境的には分解せず残留し続けることは問題になります。またヒトを含めた生物の体内にも蓄積することも問題です。
実際に有機フッ素関連の工場や、PFASを含む泡消火剤が使用される軍事基地や空港などの周辺地域で、下水・飲料水の深刻な汚染を起こしています。
Q「有機」「フッ素」ってことは体にいいのかなと思いますけど?
A)「有機」は有機農業に代表されるように良いイメージを思い浮かべさせますよね。有機農業とは化学合成された肥料や農薬を使わない、たい肥など自然界の有機物を使った農業の事です。
有機物とは炭素を元にした化合物で、昔は自然界で生物によってしか生成されないと考えられていました。しかしその後人工的に化学合成できることが分かり、自然界には存在しない様々な有機化合物が作られるようになりました。そしてダイオキシンなどに代表される有機塩素化合物や、今回の有機フッ素化合物のように、環境中で分解せず残留し続ける化学物質も作られるようになったわけです。
また「フッ素」も虫歯予防効果などが宣伝されよいイメージを持っている方も多いかと思います。それは自然界に存在する無機の元素としてのフッ素の働きです。無機のフッ素にも毒性があることが分かってきていますが、有機フッ素化合物とはまた別の話になります。
Q) PFOA、PFOS、PFAS・・・・似たような名前がよく出てきますが何がどう違うんですか?
A) PFASとはPer- and Polyfluoroalkyl Substanceの頭文字を取った略語で、有機フッ素化合物全体を示しています。PFASの種類は4500種類以上あると言われています。
PFASについてのもう少し詳しい解説は「ドイツ連邦リスクアセスメント研究所(BfR)」による「パー及びポリフルオロアルキル化合物(PFAS)についてのよくある質問」が比較的わかりやすいでしょう。国立医薬品食品衛生研究所の「食品安全情報(化学物質)No. 24/ 2020(2020. 11. 25)別添」に掲載されています。
その数多くのPFAS中で最も広く使われてきた2つの物質が、PFOS(パーフルオロオクタンスルホン酸)とPFOA(パーフルオロオクタン酸)です。PFOSは、1950年代に世界的化学メーカーである3M社により「スコッチガード」などの防水防汚処理剤の原料として開発された物質です。PFOAは同じく世界的化学メーカーのデュポン社により、フライパンの焦げ付き防止などのテフロン樹脂の開発の過程で作られた物質です。
どちらも、その後工場排水により周辺地域の水汚染を起こし、その水を飲み続けた住民に様々な健康被害が発生しました。映画「ダークウォーターズ」で紹介されたデュポン社による汚染地域では、集団訴訟の結果、健康調査が行われ、2012年に次の6つの病状との関連が確認されました。①妊娠高血圧及び妊娠高血圧腎症②精巣がん③腎細胞がん④甲状腺疾患⑤潰瘍性大腸炎⑥高コレステロール血症。
その後も様々な有害影響が明らかになってきています。
そうした強い毒性と環境中での難分解性を理由に、PFOSについては2009年、PFOAについては2019年に国際条約(POPs条約)で製造・輸入・使用が原則禁止されました。
しかしその代替物質も別のPFASでした。PFOSやPFOAより体内への蓄積性は低いという理由で、十分な毒性試験のデータがないまま使用が拡大しましたが、その後の実験でPFOS,PFOA同様の毒性が見つかってきています。PFOS,PFOA以外のPFASは何の規制がないまま使用され続けており、自然界や人体の汚染は続いています。欧米ではPFASを一つのグループとしてまとめて禁止すべきという意見が出てきています。
発生源としての基地
Q) どうして基地で使うんですか?
A) 基地や空港の火災の多くはジェット燃料などによる火災のため、水では消火できず特別な泡消火剤が必要です。
非常に分解しづらい泡で火や火元である燃料の表面を包みこみ、冷却し、酸素を遮断することで消火する仕組みです。その泡消火剤の主要な成分がPFASなのです。
泡消火剤に含まれるPFASは、そのまま直接周辺の土壌や河川に放出されるため環境汚染の原因となります。沖縄の米軍基地周辺の地下水や水道水で深刻なPFAS汚染が進んでいます。また東京多摩地域の地下水・水道水でも横田基地由来が疑われるPFAS汚染があることが分かっています。
日本では、PFOS含有の泡消火剤はすでに2010年に禁止になっていますが、2020年度の環境省の調査では、全国の消防機関、空港、自衛隊施設、石油コンビナートなどに3,388,199リットルのPFOS含有泡消火薬剤が在庫として保管されていることがわかりました。
また代替の泡消火剤にもPFOS以外のPFASが使用されているものがあります。2020年4月10日の米軍普天間飛行場からの泡消火剤の大量放出の際に採取された宇治泊川の水を測定したデータでは、様々なPFASが検出されています。
Q)わが家のまわりには基地はないので影響はないですよね?
A) 基地や空港が無くても、化学工場や下水処理場、ごみ埋め立て地などが近くにあると地下水が汚染される可能性はあります。2020年度の環境省による有機フッ素化合物全国存在状況把握調査では、各都道府県の有機フッ素化合物の排出源となり得る施設周辺等の143地点の河川や地下水の内、132地点でPFOSやPFOSのいずれかが検出されました。
その内21地点では環境省が定める水環境の暫定的な目標値(PFOS及びPFOAの合算値で50ng/L)を超えていました。いずれも飲用用途の水ではなかったとのことですが、農業用水などに使われている場合、農産物への汚染の可能性はあります。川や海では魚に蓄積します。世界の汚染地域周辺では魚の摂取を制限しているところもあります。
また近くに汚染源が無くても、食品包装や化粧品、防水スプレーなどから直接摂取しています。その量は比較的微量ですが、日米の人での血液調査などでは99~100%の人の血液から微量ですが検出されています。その検出される程度の量でも妊娠中のばく露すると、胎児に影響を与えるという研究も報告されているので注意が必要です。
身近なPFAS
Q) どんなものに使われているんですか?
有機フッ素化合物の特徴の一つである、フッ素加工された表面では水も油も弾いてしまう性質を利用して、私たちの身のまわりの様々な製品につかわれています。一番有名なのがフライパンや鍋の炊飯釜、ホットプレートなどのこびりつき防止のためのフッ素樹脂加工。有名なのがデュポン社のトレードマークのテフロン加工です。
Q) フライパンを使うのは危険ですか?
A) フライパンにコーティングされた表面のフッ素樹脂の耐熱温度は260℃とされています。360℃を超えるとPFOAを含む有害ガスが発生します。アメリカの環境ワーキンググループ(EWG)の調査では、240℃でも有害微粒子が出始め、カナリアなどの鳥の死亡の原因となると指摘されています。
フライパンに食材が入っている状態での調理では通常150~190℃くらいなので大丈夫でしょう。食用油を入れて加熱した場合、250℃で煙が出始め、370℃で発火します。
通常のガスコンロやIH調理器には過熱防止装置がついていて、250℃以上にならないように設定されています。しかし空焚きした場合センサーが正しい温度を検知できず加熱してしまう場合もあります。
意図して空焚きをする人はいないかもしれませんが、フライパンに何も入れない状態から余熱や水分を飛ばすために加熱したり、油を入れて加熱したりした場合、目を離しているうちに有害物質が出てくる温度になりかねないので注意が必要です。
またフッ素樹脂は傷つきやすいので、金属性のへらなどは避け、クレンザーなども使用しない方が良いです。またフライパンが熱いうちに水につけるのも剥がれる原因となります。
剥がれた樹脂が口に入っても吸収されずそのまま排出されると言われていますが、環境汚染の原因となります。
Q)テフロン加工以外は大丈夫ですか?
A) フライパン売り場では、フッ素樹脂コーティング以外にも「ダイヤモンドコート」「マーブルコート」「チタンコート」などと様々な表面加工が表示してあります。
しかしいずれも、フッ素樹脂にダイアモンド粒子や大理石の粒子、チタンの粒子を混ぜたもので、基本的にフッ素樹脂加工です。
「セラミック加工」だけはフッ素樹脂加工ではありません。また鉄製、ステンレス製でコーティングのされていないものもあります。
Q) フライパン以外の商品にも使われているとのこと、見分ける方法はありますか?
アウトドア用の洋服の防水処理や、ソファーやカーペットの防汚処理などにも使われています。
化粧品の化粧崩れを防ぐ成分としても使用されています。
他にもデンタルフロスで歯間に入りやすくするための滑りをよくするためにも使われているものがあります。またメガネの曇り止め剤にも使われています。
そうした身近な家庭用品を使うことで、直接PFASを取り込んでいます。
家具やカーペットの防汚処理については、欧州の家具メーカーIKEAでは、2017年に家具などのカバーに使われるテキスタイル商品へのPFAS使用を禁止するなど、使用削減の動きが出てきています。
化粧品では成分表示に「フルオロ」などの名称があるかをチェックすることである程度見分けることができます。
デンタルフロスでは、原材料表示に「PTFE 」(ポリテトラフルオロエチレン テフロン樹脂とおなじもの)と表示してあるものを避けましょう。
Q) ファストフードの包装紙にも使われているとのこと、避ける方法はありますか?
A) PFASは、ハンバーガーやポテト、ピザなどの包装容器の耐水耐油加工にも使用されています。アメリカ食品・医薬品局(FDA)によれば、高温で焼き付けされているフライパン加工に比べて、包装容器への使用は、低温で加工されているため、食品への移行が起こりやすいと指摘されています。
私が2021年に日本の大手ファストフードチェーン5社に聞き取り調査した範囲では、包装容器で有機フッ素加工をしていないのは、ドーナッツのミスタードーナッツだけです。ミスタードーナッツではパラフィン紙を使っているとのこと。
その他のマクドナルドやKFCも使っているとの回答で、ロッテリアは全く回答拒否でした。モスバーガーはハンバーガーの包装紙には使っていないがポテトの包装紙に使用という回答でした。
アメリカのマクドナルド本社は2021年1月に、2025年までに包装容器のすべてのPFASの使用の中止を宣言しました。日本マクドナルドも2025年までには対応するそうです。
水道水汚染
Q) 我が家の水道水が大丈夫か、どうすればわかりますか?
A) PFOSとPFOAについては、2020年4月から水道水に対して水質管理目標値が設定され両方合わせて水1リットル当たり50ng未満になるよう管理されています。
ご自宅の近くの水道局に尋ねれば、水道水の濃度を教えてくれるでしょう。基本的に水道局は50ng未満になるように調整して配水しています。東京多摩地区の一部の地下水で高濃度の汚染水があった地域では、その井戸からの取水を止めるか、他所からの水で薄めて配水しています。地域の簡易水道など地下水を引用水に使っているところは要確認です。
さらに50ngというのはあくまで暫定的な基準で、アメリカのNGOなどは1ng を推奨していますし、アメリカのミネラルウォーターの事業者の協会は5ngという自主基準を作っています。毎年新しい毒性がより低い濃度でも判明してきているので各国でのPFOAの安全ばく露基準はこの14年間で5000分の1も下げられてきています。
その後、2022年6月にはアメリカ環境保護庁(EPA)は、PFOAで0.004ng、PFOSで0.02ngに引き下げました。できるだけ少ない方が好ましいです。
Q)水道水に混じっていた場合、どうすればいいのでしょうか?
A) まずPFASは、煮沸などの処理では消えません。逆に煮詰めることで濃度は高くなります。
浄水器については、活性炭または逆浸透膜(RO)を使った浄水器では除去できる可能性があります。ただし、活性炭を使った浄水器の場合でも、決められた頻度で活性炭のカートリッジを交換しないと、活性炭に吸着したPFASが再度出てくる可能性があるので要注意です。
水道水中の濃度によってフィルターの交換時期も変わると思いますので、詳しくはメーカーに確認してください。
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